(ギル*アカリ)
「・・・返答期限は、とっくに過ぎているぞ。」
ぱっと、顔をあげた私は、目の前のギルを見た。
軽く目を逸らしている彼の頬は、うっすらとトマト色に染まっている。
その顔を見て、私は彼が何を言っているのかを分かってしまい、でもなんて言ったらいいのか分からなくて、きゅっと口を結んだ。
どうしよう。
初めに頭に浮かんできた言葉が、ふわふわと頭を浮遊していて、それ以上何も思い浮かばなかった。
目の前に佇んでいるギルが、コホンと軽く咳をした。
もしかしたら照れ隠しかもしれないし、なかなか返事をしない私を急かしているのかもしれない。
なんにしても、次に言葉を紡がなくちゃいけないのは私だ。
なのに、私の口元はくいっと結ばれたままで、ぴったりと閉ざされた貝のように動かすことが出来なかった。
「急すぎる」って文句を言える立場でもない。ギルから初めて、想いを告げられたのは三日も前の話だ。
むしろ私が返事が遅すぎると怒られるくらい、私は沈黙を守っていた。
いい加減痺れを切らされることは、なんとなく予感していたのだけれど。それでも、まだ心の整理が出来ていなかった。
まさか。そんな。びっくりだ。
三日前に思った言葉の切れ端が、まだ頭の中で泳いでいる。
自分の気持ちを確かめる前に、そう思っていてくれていたことに対しての驚きを、心の中にしまうのにひどく時間がかかってしまい、
結局返答も出来ずに今日まできてしまった。
だから今、ギルに痺れを切らされてそういわれても、私は何も言い返せなかった。
ギルのさらさらとした金色の髪が、ふわりと小さく舞った。
くしゃくしゃにしてしまいたいと思うくらい、ねたましいほどさらさらの髪が、
はねっ毛の私のとは全然違っていて、羨ましいっていつも思ってた。
今なら、触れるかもしれない。
ふいに思った、場の雰囲気に馴染まない考えに、思わず心の中で苦笑してしまった。
「君は、もう一度僕に言わせる気なのか?」
むっすりとした顔で。いつもより低い声で。そう、言われる。
耳を通して、響いてくる声が私の頭の中をじわりじわりと木霊していった。
この声だけが、私の頭の中を支配できるって気づいたのはいつのことだっただろうか。
いつの間にか、ふっと心の中に沁み出てきた想いに、自分自身でびっくりしてしまった。
本当に、どうしてこんなにも疎いんだろう。
毎度のように、目の前の人に呆れられるのも、なんだか頷けてしまう。悔しいけれど。
会って、この声を聞いて。もしかしたら、もう答えはとっくに出ていたのかもしれない。
ただ、勇気が持てなかっただけだ。
私はなんだかたまらなくなって、ゆっくりとギルに手を伸ばした。
すぐに、彼も私とは反対の手を差し出してくれた。
固く結ばれた指と指を見つめて、そおっと一歩、私は彼に近づいた。
(もうちょっと待ってね。今すぐ君に答えを囁くから。)
。。。 。。。
(チハヤ*アカリ)
「好きだよ。」
その言葉から逃れられる術がないことを分かっているように、彼はその言葉をするりと口の中から発した。本当にいきなりだった。
ぎゅっと掴まれた手首が痛い。
どうしてそんな耳元で言うんだろう。反則だ。
絶対に、今のあたしの頬は、夕焼け空のようになっているに違いない。
それを見せるのが嫌で俯いていると、ふっとチハヤの手があたしの手首から離れた。
掴まれていた手首が、ちりちりと痛い。いつも温かいと思っていた彼の手が、どうしようもないくらい熱く感じたからだ。
ほんのちょっと、顔を見せて、言葉を交わすだけでよかったのだ。
そのつもりで、キルシュ亭のドアを開けて、何気なくチハヤを呼んだのに。
チハヤの休憩時間を利用して、キルシュ亭の前にある小さな広場で、二人でベンチでとりとめのない会話を交わすことは、
毎日のようにしていることだったから。今日だって、本当に何気なく、ささやかな生活の1ページの楽しみを叶えるために、ここに来たのだ。
今日の取れた野菜の話。作った料理の話から始まって。
ささいな失敗談。成功談。
誰々と誰々の噂話。
そういえば、ここ最近あんまりあんまり会っていなかったね。っという話にきていたところだった。
小さな風が舞って、彼の緩やかな髪の毛を躍らせた。きちんとヘアピンで留められた場所以外が、ふわふわと揺れている。
あたしは、チハヤの髪の毛が気になってちょいっと視線を上げると、かちりと目が合ってしまった。
ゆっくりとあたしを捕らえた、チハヤの深い紫色のまなざしが。
じわじわと、あたしの中に沈んでいく。
ああ、だめだ。本当に溺れてしまいそうだ。
チハヤの形の良い唇が言の葉を紡ごうとして、そっと開かれた。
「僕じゃ、だめかい?」
あたしは、両の目を静かに瞑った。
(誰が、noと言えるだろうか)
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